春は別れと旅立ちの季節ですね。
小学校の体育館で久しぶりに子どもたちの歌声を聴いて、また泣いてしまいました。
子どもの歌声に大人が涙するのは、なぜなのか?
ずっと持っていた疑問に、私なりの答えが見つかったので書いてみます。
まだ少し寒さの残る3月上旬。
「6年生を送る会」会場の体育館に入ると、在校生手作りの飾りや絵が華やかな雰囲気を作り出していました。
この素朴な手作り感、心が温まるわあ。
なんて思っていたら、会場の後方には複数のパソコンとプロジェクターが並び、壁際には大きなスピーカー。2階にはスポットライトまで設置されていました。
ちょっとしたコンサート並み、すごい!
そして、それらの操作を担当する子どもたちが、すぐそばに待機しています。
おお、さすが令和の小学生。純朴な手作りもハイテクも、両方出来るのね。
もはや純朴さもハイテクも怪しい令和の大人としては、ちょっと、いやかなり羨望。
そんなことを考えているうちに、会が始まりました。
クイズはかなり盛り上り、ギャグが滑っちゃった寸劇も、逆に笑いを生んだ。
思い出のスライド上映では、感動的なBGMでシーンを思いっきり盛り上げました。
在校生は自分に出来る精いっぱいを使って、6年生を楽しませていました。
「これまでありがとう、中学校でも頑張って」という気持ちが、見ている私たちにも伝わってきました。
在校生の出し物で大いに盛り上がった後、6年生のお礼の出し物の番がやってきました。
先程までのにぎやかさから一転、何の演出もない中、ただ静かに在校生に向かい整列する姿に、なぜか引き込まれます。
ピアノの前奏に続いて歌が始まりました。綺麗なハモリの歌が心にグッとくる。
広い体育館に静かに響く歌声に、涙がわいてきました。
子どもの歌声って、どうしてこんなに感動するんだろう。
在校生は、6年生に感謝と旅立ちのエールを。
6年生は、在校生にありがとうを今、歌で伝えている。
「今、ただその一点」だけに集中した純粋なエネルギー。
それが心を揺さぶるのだと思いました。
大人になると「今、一点」だけを生きるのは難しい。
何かをしながら頭の中では別のことを考えたりして、今のエネルギーは常に分散してしまっている。
いつも分散したエネルギーで生きている大人の心に、100%のエネルギーが乗った子どもの歌は熱く沁みるんだと思います。
純粋なエネルギーのおすそ分けをありがとう、中学校でも頑張ってね。
無心で歌を聞いている在校生たちと、向かい合って歌う6年生の両方を見ていたら、歌が終わる頃にはそんな思いが浮かんでいました。
今、その思いだけに集中して。
子どもたちに感謝とエールをこめた拍手を、全力で送りました。
